ゲシュタルト療法をファシリテートする、心理療法の専門家「ファシリテーター」がワークショップの雰囲気やセッションの内容などに触れるブログを紹介しています

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ファシリテーター:岡本 太郎

岡本 太郎

文教大学大学院 臨床心理学専攻修士課程修了。臨床心理士、公認心理師。 精神科・心療内科クリニックの心理士、公立小中学校スクールカウンセラーなどを中心に心理臨床の現場で活動。

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僕にとっての格闘技

2023年6月15日 19:02

10代の頃から、格闘技を続けている。
高校の時に極真空手を始めて、今は別流派の空手とムエタイを練習している。

ジムや道場に行く前はいつも憂鬱になる。こわいのだ。
活きのいい猛者達が殴り合う、殺伐とした空気感を想像すると身体がすくむ。
時間が近づくにつれて不安は増し、行けない言い訳を探しだす。
もう20年近くも続けているのだが、いまだにこの感覚はなくならない。

それでも続けているのは、こわさを超える楽しさ、魅力があるから。
いざ始まると、闘いを楽しんでいる自分に気づく。素直に身体で思い切りぶつかれる解放感や気持ちよさがある。自分の思った以上に、自分はぶつかりあえるんだという手ごたえが嬉しい。
殴り合った相手とも、終わった後はすがすがしく認め合える。意地の張り合いであっても敵じゃないんだなと気づく。
その積み重ねで、薄皮一枚ずつ脱皮していくような、着実に成長していく実感がある。

10代20代より、30代の今の方が格闘技を楽しめている。
元々始めたきっかけは、高1の頃に不良っぽい同級生と険悪になって、クラスで居場所をなくした。中学でなじめず高校でやり直そうとしていた最中だったし、当時はどうしていいかもわからなかった。対人恐怖やうつの症状も出た。もう自分には何もない、と絶望しかかっていた中で、ゼロから自分をつくるしかないと思って、極真の道場に飛び込んだ。
楽しかったし、自分の力を発見できて、壊れた尊厳を立て直す支えになった。一方で、自分の弱さを直視しきれず、自分より強い人がたくさんいること、そういう人たちを前にした時の痛みや恐怖、劣等感に耐えられず、そこそこ以上には頑張りきれなかった。かといってすっぱり辞めることもできなかった。

今は素直に格闘技が好きで、すぐには強くなれないが、諦めず続けていれば必ず成長できる、というところに耐えられるようになった。
怯えた自分をみじめと思い、なかったことにしたかった自己否定の努力から、そのままの自分を認めて、自分で育てていこうと思うようになった。
理由はいろいろあると思うが、一つは自分自身でいる、ということに信頼感をもてるようになってきたからかもしれない。そう感じられる土壌が自分の内にできたのは、ゲシュタルトの場や体験、出会いが大きかったのだろう。

自己と他者の出会い。ぶつかり。真剣に、向き合いかかわる瞬間。
この感触はゲシュタルトワークも格闘技も通ずる。
怖がって傷つきたくなくて、逃げながらも、同時に最も強く欲してきた。
ここを行きつ戻りつしながら、自分が自分として生きていけるんだという手ごたえや希望、他者や世界もそう悪いもんじゃないという感触を、少しずつ積み重ねてきた。