ゲシュタルト療法をファシリテートする、心理療法の専門家「ファシリテーター」がワークショップの雰囲気やセッションの内容などに触れるブログを紹介しています

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ファシリテーター:河村 葉子

河村 葉子

2006年に23年間勤めた企業を退職し個人開業。ゲシュタルト療法の哲学を基盤に、個人カウンセリング、ワークショップ、依頼に応じて教え、スーパービジョンを行う。現在もゲシュタルト療法とセンサリーアウェアネスを中心に生徒としても学び続けている。

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考えるな?

NEW 2026年2月16日 19:15

今年は自宅マンション理事の役割を務めている。
毎年持ち回りで住民の数名が理事を担う。
私が理事を務めるのは3回目だが
以前と比べて業務が数段ラクになっていることに驚いた。
毎月だった理事会開催は隔月になっており
検討事項はすべて管理会社が用意してくれる。
書記担当は名ばかりで議事録も管理会社が作成する。
管理委託内容にはこうした細目が増え、委託費が高くなっているのも頷ける。
ラクである。

初回の理事会で、スマホに管理会社と連携するアプリを入れるように言われた。
「目的は?」と尋ねると
戸惑いながら「便利になる」いくつかを説明してくれたが
私にはどれも不必要に思えた。
私がアプリを入れないと今期理事会に迷惑がかかるかどうかを確認した。
担当者は大いに戸惑いながら
「迷惑はかからないけれども、設定を一緒にやりますよ」と言う。

似たようなことをしばしば体験し、見聞きする。
いかにも当たり前のような
便利でラクになることはいいことだ
考える必要はない、というような空気が漂う。

こうした現象はAI時代になり加速しているとしばしば感じる。
私の周囲でもAIと「会話する」人たちや
メールやそのほかの文章作成にAIを利用する人たちはもはや珍しくない。
AIは膨大な知識をもとに瞬時に考えらしきものを提示する。
おまけに一見してまとまりよく、きれいだ。
早くて、便利で、ラクである。

しかし、そもそも人間は考えが先にあるのではない。
あーでもない、こーでもないと拙い言葉を紡ぎながら
そのプロセスで考えが起き、考えが進み、考えがまとまっていくものだ。
順番を間違えたくない。
じっくり悩む、じっくり試行錯誤する時間が奪われていくことが怖い。
迷いながら自分の内から見出し、発見していくことが体験であり、経験になっていく。
自分で考えるという、時に苦しさを伴う歓びを失うのは怖い。
進化は退化だ、にしたくない。