ケーススタディ&FAQ

【ケーススタディ】ソマティックゲシュタルト(百武正嗣)

クライアントについて

中年男性、元IT関連、カウンセラー。
対人恐怖とまではいかないが、人が怖いと言う。

ワーク

十分に経験する

身体感覚に意識を向けるように提案した。胸の辺りで怖さを感じている。両手で胸をさすりながら、少し震えがあるということに気づいた。

そこで、その震えを十分に経験するようにしてもらった。ゲシュタルトでは、「経験する」ことを大事にしている。日常の生活の中では不快な感覚やネガティブな体験はなるべく早く忘れるようにしてしまう。

そうする代わりに、セッションでは「十分に経験する」ことを勧めるのである。日常で脇に押しやられたその感覚や感情、それらに伴う記憶や身体の筋肉の動き、緊張は「未完了なまま」に存在し続けているからだ。

しばらくすると彼の肩、指先も微細な震えが見て取れるようになってきた。
ソマティックにこだわるのはここからである。身体が震えると怖いと思ってしまうが、実は本当に怖いのは、自分の身体に何が起きて来ているのかが分からない状態が怖いことが多いのである。

怖いところにいてください

ファシリテーターは、その震えを体験するように後押しして「怖いところにいてください」と勧める。その感覚を十分に感じてもらいながら、「その感覚と共にいると、何か風景や人の顔が浮かびますか?」と問いかけてみた。

彼は間をおいて、高校の時からです、と応えた。
クラスで二人の友達と話していた時に、もう一人のクラスメイトが会話に入って来た。私はその瞬間に会話から離れて下を向いたのです。その時から人が怖くなったようです、と言った。

通常のカウンセリングなら、このときの人間関係に焦点を当てるだろう。
しかしソマティックアプローチの場合は、その瞬間にこそ、身体に何か起きたのか、身体に自分が何をしたのか、を見ていく。

ファシリテーターとして、彼が友人との会話から離れた時に顔を下に向けたことに違和感を覚えたので、そのままの姿勢でいるようにしてもらった。すると彼は息苦しいと述べたのである。
怖いという言葉から、息苦しい、という感覚にシフトしたとも言える。

身体感覚に「ついていく」

さて「人が怖い」と「息苦しい」が結びつく体験や感覚、フィーリングはどんなことなのだろうかと思いながら、そのままの身体感覚についていく。

彼の中で、ある出来事が浮かび上がって来たようである。

幼い時に溺れたことがあるのです。兄とプールに行った時に、自分は浅いプールの側で遊んでいたが、気がつくと兄がいない。きっと深い方にいるのだろうと思い、そちらの側に寄って行った。
すると突然深いプールの方に足をとられたのか、スッと身体が沈んでしまった。気がつくと周りに大人たちがいた。息を吹き返してもらったのだと思う。

その時の光景で覚えているのは、沈みながらも、青い空が奇麗だ、ということ。上の方で、青い空が丸く見えていた。その青い空が丸く見えて、スッと沈んでいく時に、青い丸い空がスッと小さくなって行ったのを覚えています。家族や自分の中では笑い話になった出来事です。

本人は苦しい体験としての記憶はなく、むしろ助かったので、深い意味を見出して家族と話合うことはしていない。

ファシリテーターの私は、この瞬間の、「奇麗な青い空が丸く見えて、スッと小さくなった」という表現に興味を抱いた。

身体は恐怖を体験していた

最初に彼が言った「人が怖い」というテーマを考えると、奇麗な丸い空が小さくしぼんでいく瞬間の体験こそが核心だと思ったのだ。それはパールズが「目の機能を使わなくなると、対人恐怖、人が怖いと感じてしまう」と指摘したことを知っていれば想像できる。溺れて沈んで行く時に、本人には怖い、息苦しい、という自覚的な記憶がないとしても、その瞬間に身体は、死の恐怖を体験していたことになるからだ。
目の瞳孔が閉じていくことは、身体は死を経験している、と思えたのだ。

私の脳裏に蘇って来た事は、彼が最初に私の前に座った時の目の緊張感であった。視線が一点を見詰めているようでもあり、何かに出会って凍結しているようにも感じられた。

クライアントが私にコンタクトした瞬間に何かを感じ取ったのだが、その意味することは分からなかった。しかし、今、私はこの幼い時に溺れてスッと青い空が丸く萎んでいく光景を、彼は今も見続けていたのだ、と確信したのだ。
いや、高校生の友人と他愛ない会話に、もう一人のクラスメイトが参加して来るまでは、と表現しても良い。

そのクラスメイトを彼は避けるために、会話を外しただけでなく、顔を下に向けたことによって、喉元が詰まり、息苦しさを覚えた。この息苦しさは、幼い時に溺れた瞬間の、呼吸が詰まる体験を意識レベルに引き上げた、というのは私の憶測である。

このことを確かめるために、もう一度、意図的にプールで沈んでいく場面を再現してもらった。同時に青い空が丸く小さくなるときの感覚にも注意を払うように促した。

シャトル技法

この体験を意識レベルに挙げるためには、私は二、三回、現実にもどり、また再体験をする、というシャトル技法が安全で良いと考えている。
彼が幼い頃に溺れた時に感じたのは、綺麗な青空だけでなく、意識を失う瞬間に感じたであろう、死の恐怖を認知レベル(思考)で理解してもらうことである。
このような場合に、何が起きているのかを説明することは、本人が安心して再体験に取り組む気持ちが生まれるので大事なことでもある。得てしてゲシュタルトは体験を呼び出すことだと勘違いしている人も多いので、蛇足の説明だけど。
彼は青い空が丸く萎んでいく感覚はあったので、私の説明にすぐ納得したような顔の表情を見せてくれた。

【ソマティックアプローチの前に】

人の緊張は、常に目に現れるものだ。視線を避けたり、何かを凝視ながら話し続けたり、目の視線が硬直しているのは、ファシリテーターがクライアントにコンタクトしていればわかるレベルのことである。

また不安が慢性的にある人、パニックの傾向のある人、人が怖い人などは、常に呼吸を観察すると良い。初めはよく分からなくても構わないが、慣れてくると呼吸の浅い・深いが、直感的に感じ取れるようになる。

ソマティックゲシュタルトのアプローチ

ここからがソマティックゲシュタルトのアプローチである。

彼にもう一度、身体感覚と緊張、呼吸などに注意を向けてもらう。胸のあたりの震え、息苦しさ、人が怖い、に加えて「みぞおち」辺りが硬いことに気がついた。このことは、私がどのようにソマティックアプローチをしたら良いのか、方向性を示してくれた。もし、ポリヴェーガル理論やライヒ系のボディワークを知っていれば、身体の上の部位(胸、視線、呼吸)と、おなかの下部(腹部、腸、腰)が2つに分断されていることを、体感として表現していると理解できるからだ。

フェルデンクライスは、身体にアプローチするために、とても役立つ方法である。正しい手順があるのではなく、クライアントが、自分の身体に意識を向けることを「身体の動き」を通じて「学ぶ」のである。

フェルデンクライスのハンズオン

フェルデンクライスは2つのアプローチを用いる。一つはハンズオン、ファシリテーターの手技(触れる)によるもの。2つ目はATMと言って、講師が簡単な動作の指示を出すもの。

今回は私が彼の身体に触れながら何をしたのか、何を感じながらアプローチしたかを記載する。

コンタクト

まず彼の怖さとは身体の何処にあるのか。それは呼吸とどのように連動しているのかを見たい。私の身体感覚を通して、彼が感じていることを理解するために、彼とのコンタクトをさらに意識した。すると、呼吸が見えない息苦しさをファシリテーターである私が感じた。

ゲシュタルト療法は、クライアントの話ではなく、話している時に彼が何をしているのかに焦点を合わせていく。従って傾聴や共感しようとする態度を取らない。

今−ここ、で二人の関係に何が身体感覚レベルで起きているのか、私の体感覚を使って気づくことであるとも言える。

私が呼吸を感じられないのは、相手が呼吸を浅くしたり、小さくしたりしているとも言えるのだ。

問いかけ

そこで2つの気づきの問いかけをした。
「今の身体はどんな感じですか」「呼吸にも意識を向けてください」。

みぞおち辺りが硬い。(彼)

本人が呼吸を意識しながら筋緊張を取る方法を学ぶために、私はハンズオン(手で触れる)をした。まず、仰向けに寝てもらう。両膝を立ててもらう。腰の下 (みぞおち) に枕を入れて、横隔膜が広がりやすいようにした。

呼吸を観察していると腹部はあまり動いていない、胸部(肺)も呼吸の動きが少ない。

まず腹部と胸部を意識的に識別出来るようにするために、お腹で呼吸をしてください、と伝えたが変化が現れない。変化とは、腹部で呼吸をする時に自然とお腹が膨らむ・へこむ、その動きが目に見えるかどうかということである。

ハンズオン

今回は、呼吸をサボートするために、私は彼のお腹に手を添えた。柔らかい手のひらで彼のお腹の微細な動きを感じるためである。同時に彼自身も私に手を当ててもらった部位を意識化しやすくなる。
ゲシュタルトで、お腹を意識してください、とファシリテーターが問いかけることを、手のひらでしたことになる。(ハンズオン)
手のひらを当てる位置はクライアントのおヘソから下辺りが良い。

しばらくすると彼のお腹が微細に上下する動きが生まれてきた。
本人にも、お腹の呼吸が感じられますか、と、問いかける。ここも大切なポイントである。本人以外の他の人が言葉をかけることで、外部(現実)とコンタクトを維持しながら意識化することがサポートになるからである。(気づきの3つの領域)。

次に彼の胸に手のひらを当てると、驚くほど胸の筋肉が厚く硬い。人は不安やパニック、恐怖があると、それを感じないように呼吸を止めるのだ。呼吸が動いたり、深くなると感情や感覚、feelingが動き出すからである。そのためにさらに不安になる。そこでまた呼吸を浅く、小さく、時には止めるのである。

次のステップは、肩甲骨に手を添えてあげることだ。 理由は2つ、胸で呼吸を止めるためには、解剖学的に、背中の呼吸の動きを押さえる必要がある。何故なら肋骨は背骨から繋がっていて、背中の側を広げないと呼吸は肺に入っていかない。呼吸法で、背中を丸めて両手の指を合わせながら前に伸ばすポーズは解剖学的に理にかなっている。

2つ目の理由は、肩甲骨は身体の骨の中でもっと可動域がひろい。そのために様々な角度の筋肉があるのだ。呼吸の浅い人、緊張の高い人、不安な人は少なからず肩甲骨の動きを習慣的に押さえ続けている。

仰向けの状態の人は、肩甲骨の筋肉群を使う必要がないが、この姿勢でも筋肉を動かないようにしている。
アレキサンダーやフェルデンクライスが、肩甲骨に触れるのはこの緊張を開放するためである。

寝ている本人の肩甲骨の下に手のひらを添えることで、浮いている(緊張で筋肉が収縮している)部分に手を当てることになり、クライアントの脳に「神経を使わなくて良い」と言うメッセージを伝えることになる。慢性的に緊張しろ、と、脳が肩甲骨に伝えていたパターンが解き放たれるのを待つのだ。

もうひとつのハンズオン

身体の筋肉の緊張を緩めるために、もう一つハンズオンをした。
仰向けに寝ている彼の骨盤の両側で最も高い部位を、軽く、床に向かって手で押してあけるのだ。
骨盤の周囲には様々な筋肉があり、立っている時の筋緊張が仰向けに寝ている状態でも緊張し続けている。
このように両手で軽く押さえてあげることで、筋肉で支える必要がないことを、脳に伝えてあげることになる。

彼の感想では、この時にお腹の呼吸が楽になったとのこと。

クライエントの感想

彼の感想をもらいました。
「身体から恐怖や焦りが抜けているのを感じております。変な夢も見ておらず朝の目覚めもいい感じです。」