セールス・トーク
ある朝、スマートホンに電話があった。
明るく、にこやかな女性の声が
あるカードの登録者に電話していると話し始めた口調で
何らかのセールスだとすぐに分かった。
瞬間、私は「今、時間があるか」といったような確認の言葉を予想した。
出かける支度をしようとしていた私は、もちろん断るつもりだったのだ。
ところが!!!
「お電話がつながって、ほんとうぉ~によかったです。今日だけなんですよぉ、繋がった方だけへの特別なご案内で… 」
彼女は実に嬉しそうに、親しげな口調でそのまま話を進めていく気配だ。
私は「もしもし」と最初の「はい」しか応答していない。
しかい驚いたことに
彼女はまるで私の相槌が聞こえているかのように話し続けるではないか。
あっけにとられて断るタイミングを逃した私は、その抑揚のある口調に好奇心が起きて
スピーカーに切り替え、出かける支度をしながら聞くともなく聞き続けた。
彼女は笑ったり、感嘆したりしながら、その商品の説明に始まり
使い心地やすばらしさといった感想や
あまりに気に入ったので、この商品を紹介した母親のエピソードなどを話し続ける。
凄い! 実に5分になんなんとする一人芝居を鑑賞しているかのようだった。
これはメーカーによるセールス・トーク訓練の結果なのだろうか?
それとも彼女が自分で工夫したセールス・トークなのだろうか?
彼女は1日何人にこうしたトークを繰り広げるのだろう?
何時間勤務して、いくらの給与を得るのだろう?
それとも成約報酬を得るのだろうか?
成約率はどれほどだろう?
私は呆けたように次々と浮かぶ疑問にまみれながら
電話のこちらにいる私という人間が完全に無視されていることに悲しみを覚えた。
電話の向こう側にいる人間に触れようともしない彼女の孤独と滑稽さと悲しさを思った。
人間性は一体どこへいってしまったのだろう…